無形文化財【八瀬赦免地踊り】に参加祖!

後白河院から後醍醐天皇 その後江戸時代の老中【秋元但馬守】

     の恩  (年貢 諸役一切免除)

 のために 約三百年 昼は御神楽の式 夜は赦免地踊りを

      後年に語りついできた・ ・ ・

天皇皇后両陛下も 京都に行幸啓のおり 御所の中庭で天覧され

      一句

 【大君の 御幸祝ふと八瀬童子 踊りくれたり 月若き夜に】



灯篭は八瀬の四カ町が 丹誠こめ彫った赤紙のすかし彫りの
  絵模様を 白の地紙に張ったもので 各町一対製作する
     (凄い細かい張り紙細工 芸術的な)


  上は鯉が泳いでいるし 下は金魚が・・・灯篭のアップ!




  女装した十三〜十四歳の男子が頭に約五キロの灯篭をのせ
  秋元神社まで運ぶ 彼女(彼かな?)が祭りの主役! 



  主役が灯篭を頭に担ぎ イザ出立だ!  


  各町の四対の灯篭が秋元神社の境内へ




  十二〜十三歳の女子が奉納踊り


これは 鞍馬の火祭りより 良かったな〜