栗林忠道  硫黄島からの手紙

  ◎此の手紙は他人の目に絶対にふれさせぬ事又内容をしゃべらぬこと◎

 <昭和十九年九月二十日 次女たか子宛て 



  たこちゃん!


   九月十四日に出したお手紙 九月十九日に着きましたが ずいぶん早く着いたので吃驚

  してしまいました 

   お父さんは元気ですが たこちゃんも元気だそうで喜んでいます ことに美枝ちゃんや

  勝っちゃんたちと仲良く暮らして居るそうで 大変安心しています たこちゃんは末っ子

  でお母ちゃんにも時々甘たれていたから我がままのところがあると思いますが いつまで

  も我がままだとだれにも仲良くしてくれないものです 此のことは学校に行ってもお友達

  と遊ぶときいっそう大事です よくよ〜く気をつけなさいね


   お婆ちゃんが毎朝お父さんのことを神様にお願いして下さるとの事で お父さんはその

  おかげで大変丈夫ですが 今度こそは中々の大戦争だからほんとうに無事帰れるかどうか

  分かりません もし帰れなければ お父さんはたこちゃんを一番可愛そうにおもいますけ

  れど たこちゃんはお母さんの言い付けを守り丈夫で早く大きくなって下さい そしたら

  お父さんも安心です 

   田舎は涼しくなったそうですが こちらはまだ暑くて閉口です しかし藤田さんは大い

  びきをかいてよく眠ります お父さんもよく眠りますがいびきはかきません 当番の兵隊

  さんにはよく寝言を言うものがあって時々目をさまされる事があります いびきや寝言は

  ひとに迷惑をかけて本当によくないと思います こちらの空襲は毎日昼と夜にありますが

  中々すごいものですよ 東京はもうじき空襲されるようになるかもしれませんが たこ

  ちゃんのいる田舎は大丈夫だからいいですね それだから何も色々心配する事なく丈夫で

  元気でお暮しなさい お母ちゃんへ中々手紙を出さないでしょう お母ちゃんがそう言っ

  て来ましたよ 之から時々出すようになさいね お母ちゃんが安心するでしょうから・・

   では今日はこれだけ 左様なら 風を引かない様に元気で暮らしなさい

                     九月二十日認む 戦地 お父さんより


    たか子さんへ


  お父さんの字の間違い<思ひを 思い>はほんとうだったね そこでお返しにたこちゃん

  の字の間違いを申します

    <寝むる 眠る 寝るハねるだけの意味です> <だへ物 食べ物>
  
    <心切 親切> 



 


 <昭和十九年十月十日 長男・太郎宛>



  前略 お手紙嬉しく拝見しました 学業の傍勤労作業に出て働いているとの事 未曽有の

 大戦争であるから已むをえないでしょうが 将来の事を考えると学業が勿論大切なんである

 から 心身をはげまして実力をつける事が肝心である 併し日本が亡びるか滅びないの瀬戸

 際であるから 国家の命ずる仕事にも精を出し 又家の事も本気になってやらないといけな

 い 今迄の学生の様に 家の仕事は何一つしないなんて態度は非常によくない事である 殊

 に家は父は出征し女中は居らず母はあまり丈夫なたちでないのだから 母を助けて家を守り

 抜くは実に男児たる御身の責任である


  殊に戦局は日一日と悪化し 父の命の如きも風前の灯でサイパン テニアン 大宮島同

 様の経過を辿る事必定で もとより生還など九分九厘期し得らるべくもない次第であるから

 今から其のつもりで一家の柱石となり母を助けて生き抜かねばならない

  今迄元来が温室育ちのおばあちゃん然たる生活で強く逞しい戦時下の青年としての心の張り

 が無き過ぎた感がある 父は此の点を大変心配してスパルタ式に鞭撻を加えてきたのだが お

 身には恐らく父の大きな愛を了解する事は出来なかったらしいが もう少ししたら屹度分かる

 だろうと思う どうか将来父の薫陶を母の愛情とともによく噛みしめ 強く正しく人から十分

 信用せらるる人間となって幸せに暮らして貰いたい

  ヒマヒマに読む<読み物>は 十分選択しないとしけない タバコは絶対やめた方がよい

 戦地の兵隊は大部分煙草を吸うらしいが 全くてにはいらないので弱りぬいている <藤田

 なども自分で月給を貰うようになって吸うようになったとの事だが 今は中々止められぬらしく

 併し入手が出来ないのでこまっている>

  酒は勿論飲むまいが将来出来るだけ飲まぬがよい

  家に居るときは母や妹たちと愉快に話をし 時に冗談の一つも飛ばして家の中を明るくする

 事が大切である 


  それでは之で終わり くれぐれも心身を強くするように


   太郎殿                      戦地にて 父

     お身の手紙は表だけへ一行おきに書いているが 紙の節約上よくない事です


 今まさに玉砕を覚悟している父からの 長男と次女に戦地≪硫黄島≫から送った手紙です


 父の心境が余すところなく出ていて 大好きな ≪栗林忠道≫の手紙です・・・


     長男には  家族を守りぬける強い人間に 次女には 教養と優しい女性


  私には 身に染みるおもいです 頑張れ 〇〇〇 〇〇 〇〇 


  こんなに尊敬できる父親でありたかったな 無理だな チャンチャン